業界研究 / 企業法務・法律事務所
未経験から企業法務・法律事務所に入るには|公務員経験の使い方
「弁護士でも法学部出身でもないので、法律事務所や法務部は無理だと思っていました」——財政課の方からよく聞く言葉です。この認識は、報酬を得て他人の法律事件を扱う弁護士の独占業務(弁護士法第72条)については正しく、業界全体については違います。法律事務所には弁護士の指揮の下で担う資料の整理、リサーチ、起案の補助、事務局の領域があり、企業の法務部は自社の法律事務を扱うので資格を前提としません。そのうち自治体と接点を持つ領域——訴訟と和解、住民監査請求と住民訴訟、審査請求、債権管理、契約——では、財政課の経験が「未経験」ではなく「経験者」として扱われます。
この記事では、「未経験」を3つに分けて自分がどれに当たるかを確かめ、財政課の経験が効く入り口の枠を順に整理し、資格の位置づけ、在職中にできる準備、公務員が使えない支援制度、服務の線を書きます。業界の構造と職種ごとの評価は企業法務・法律事務所は公務員のどの経験を評価するかに、選考の流れは選考フローと面接で見られている観点に、志望動機の組み立ては志望動機をどう組み立てるかに、処遇の決まり方は年収と働き方に書いています。
業界構造の要点——「独占業務」と「資格がなくても担う領域」の線
弁護士でなければ行えないのは、報酬を得る目的で他人の訴訟事件、不服申立事件その他一般の法律事件に関して代理や和解などの法律事務を扱うことです(弁護士法第3条第1項、第72条)。この線の外側——法律事務所で弁護士の指揮の下で行う資料の整理、リサーチ、起案の補助、事務局の業務と、企業の法務部で自社の契約と紛争を扱う業務——は、資格のない職員が担います。
自治体との接点は、訴えの提起・和解・損害賠償の額・権利の放棄の議決(地方自治法第96条第1項第10号、第12号、第13号)、公権力の行使による損害の賠償(国家賠償法第1条)、住民監査請求と住民訴訟(地方自治法第242条、第242条の2)、審査請求の審理員と審査会(行政不服審査法第9条、第81条)、債権管理(地方自治法第240条)、契約(第234条)に現れます。「未経験」かどうかは、この線のどちら側の業務に、どの案件で応募するかで変わります。
「未経験」を3つに分ける
| 未経験の種類 | 財政課の方の実態 | 法律事務所・法務部での重み |
|---|---|---|
| 自治体側未経験(議決事件と予算の関係、住民監査請求で見られる箇所、債権管理と契約の審査を知らない) | 経験者。和解金と損害賠償の予算を査定し、権利の放棄と損害賠償の額の議案を確認し、争われる支出を査定した側、契約の財政面を審査した側を実務で回している | 行政案件・公共案件では最も重い。「外から学んだ」職員が持っていない知識 |
| 民間未経験(会社で働いたことがない) | 未経験。ただし、事務所や会社が作った契約書と主張を自治体側で読み、審査している | 中程度。入所後の慣れで補える。選考では「判断する側から支える側へ」の転換で見られる |
| 法務実務未経験(契約書の条項の組み方、訴訟の手続き、判例の調べ方を知らない) | 未経験 | 一般の民事・商取引の案件では決定的。行政案件・公共案件では前提ではないが、正確さと調べる姿勢は入所後すぐに求められる |
財政課の方が「未経験」と感じているのは後ろの2つですが、行政案件・公共案件で最も重いのは1つ目で、そこは経験者です。この認識を直すことが、応募できる枠を見つける最初の一歩です。ただし、法律事務所では3つ目のうち「正確さ」を課題と面接で必ず確かめられます。
入り口になる枠——財政課の経験が効く順
未経験からの入り口は、財政課の経験が効く順に並べると次のようになります。
| 枠 | 主な業務 | 財政課の経験の効き方 | 求人の見つけ方 |
|---|---|---|---|
| 法律事務所の行政案件(パラリーガル・リサーチ) | 自治体が当事者の訴訟、住民訴訟、審査請求の資料整理と調査、起案の補助 | 直接効く。議決事件の流れ、住民監査請求で見られる箇所、債権管理の手続きを内側で知る人は事務所にいない | 事務所の案内と求人票に「行政」「自治体」「官公庁」の語があるか。求人は少ない |
| 自治体と契約する会社の法務部(公共案件・契約審査) | 自治体との契約の審査、入札と契約の法務、公共案件の紛争 | 自治体の側の契約審査の目が効く。「どこで戻されるか」を作る側に持ち込む | 自治体向け事業の会社の法務部。求人票に「公共」「入札」「官公庁」の語があるか |
| 企業の法務部(債権管理・コンプライアンス) | 債権回収、内部通報、規程の整備 | 債権管理の手続きと規程の運用は効くが、民事の紛争の実務は未経験として扱われる | 一般の法務の求人。未経験可の条件を確かめる |
| 法律事務所の事務局・経営管理 | 事務所の会計、請求、人事、案件の管理 | 予算と決算の管理が効く。法務の経験としては見られない | 事務局の求人。法務の実務には進みにくい |
上の2つは「自治体側の経験者」として応募でき、下の2つは「法務実務未経験者」として応募することになります。同じ事務所・会社の中でも、どの枠で入るかで「未経験」の重みが変わるので、応募の前に求人票で業務を特定してください。
資格の位置づけ——取るべきか
資格は「入り口の条件」と「入った後の伸び」を分けて考えます。
入り口の条件としては、弁護士の資格は不要ですが、正確に調べて整理する姿勢は求められます。法律事務所の職員に求められるのは、弁護士の指示を正確に受け、条文と判例を調べ、分からないことを分からないと言えることで、資格ではありません。財政課で条文と要綱を突き合わせて査定してきた方は、この姿勢を持っていることが多く、面接では「調べて、確認できたことと確認できなかったことを分けて報告する」型で示します。
入った後の伸びとしては、法務の実務を積むことが事務所・会社の中での位置を変えます。契約書の条項の組み方、訴訟の手続き、判例の調べ方は入所後に学ぶ前提で、資格より実務の積み重ねで見られます。行政書士や司法書士などの資格は、担える業務が法律で決まっている別の職で、法律事務所の職員や法務部の職員の入り口の条件ではありません。
弁護士を目指すかどうかは、入り口の判断とは分けてください。司法試験の準備と実務の両立は事務所・会社の考え方によるので、面接で聞かれたときに答えられるようにしておきます。「目指さない」でも不利にはならず、弁護士法第72条の線を理解したうえで、自分が何を担うかを示すことが先です。
自分の経歴が「経験者」として通る枠か「未経験者」として入る枠かは、求人票を一緒に見ると判断しやすくなります。どの枠で応募できるかから相談できます。
在職中にできる準備——順序
在職中の準備は、次の順序で進めると、業務と重なる部分が多く、無理がありません。
1. 議決事件と予算の関係を「型」にする。訴えの提起、和解、損害賠償の額、権利の放棄の議案に、財政課としてどう関わったか。和解金と賠償金の予算をどの手段(予備費、補正予算、流用)で確保し、議会の日程とどう合わせたかを、個別の案件ではなく型として整理します。法律事務所の行政案件は、この型を知っている人がいると、依頼者である自治体の動きが読めます。
2. 住民監査請求と住民訴訟で「見られた箇所」を型にする。争われやすい支出の種類、監査委員が求める資料、経緯の説明で焦点になる箇所を型にします。地方公務員法第34条の秘密に触れない範囲で、「見られる箇所の型」だけを手元に置きます。
3. 債権管理と契約の審査の順序を型にする。督促、強制執行、徴収停止、免除、不納欠損の手続きと、契約の方法、債務負担行為、契約変更の審査で、自分が何を見て、どこで戻したかを型にします。法務部の公共案件では、この「戻す箇所」が契約を組むときの材料になります。
4. 条文と判例の調べ方に慣れる。法令検索と公開されている裁判所の判例集で、自分が財政課で使った条文の判例を調べてみます。庁内研修(地方公務員法第39条)に法務の講座があれば、今の業務の能率を上げる研修として受けられます。行政不服審査法の審理員(第9条)や審査会(第81条)の運営に関わる機会があれば、それも法務の実務に近い経験です。
5. 求人票で「行政」「自治体」「官公庁」「公共」「入札」の語を探す。法律事務所と法務部の求人は一般の民事・商取引が多く、行政案件・公共案件の枠は少ないので、語で絞って探します。
公務員が使えない支援制度と、代わりの機会
雇用保険の教育訓練給付金(雇用保険法第60条の2)は、対象が雇用保険の被保険者または被保険者でなくなってから一定期間内の人で、支給要件期間が3年以上あることが条件です。地方公務員は、離職時に条例等で受ける給与の内容が求職者給付等を超える場合、雇用保険法の適用除外なので(同法第6条第6号)、在職中の公務員はこの給付の対象になりません。法務の講座が指定の教育訓練になっていても、在職中は使えないということです。民間に転職した後、被保険者としての期間が要件を満たせば対象になります。
代わりに使えるのは、前述の庁内研修(地方公務員法第39条)と、自治体職員向けに開かれている外部の研修です。「転職の準備」としてではなく「今の業務の能率を上げる研修」として探すと、庁内の手続きも通りやすく、内容も業務に直結します。自治体法務や債権管理の研修は自治体職員向けに開かれているものがあり、法律事務所の側から見ても「内側の実務の研修を受けた人」として通ります。
服務の線——在職中の準備で触れてはいけないこと
在職中の準備には、地方公務員法の線があります。
営利企業への従事(第38条)。在職中に法律事務所の業務を手伝う、報酬を受けて調査や書面の下書きを請け負う、といったことは、任命権者の許可がなければできません。「実務経験を積むために手伝う」は、この線に触れます。加えて、弁護士でない者が報酬を得て他人の法律事件を扱うことは弁護士法第72条にも触れます。
秘密を守る義務(第34条)。争われた支出の詳細、和解の経緯と金額、係争中の訴訟の自治体側の方針、未公表の資料は、退職後も秘密です。準備で「型」にするのは制度と業務の型で、個別の内容は手元に置かないでください。法律事務所は依頼者の秘密を扱う仕事で、この線は他のどの業界より重く見られます。
再就職者による依頼等の規制(第38条の2)。自分の自治体の顧問弁護士の事務所、自治体の代理をした事務所、自治体と契約している会社の法務部に移る場合、退職後に元の職場へ職務上の依頼をすることには規制があります。在職中に応募する場合は、勤務時間外に行い、接点があることを応募先にも伝えるほうが安全です。
内定後は、労働基準法第15条により労働条件が書面などで明示されるので、未経験での入所に伴う条件(試用期間、担当する案件が行政案件・公共案件に特定されているか、業務の変更の範囲に一般の民事や商取引が含まれるか——労働基準法施行規則第5条第1号の3、期日前の時間外の扱い——同条第2号、賃金の内訳と手当——同条第3号)を通知書で確かめてから承諾してください。
行政が相手の求人は、掲載中のものから「行政案件・公共案件があるか」「未経験可の条件」「担当する案件の種類」が業務内容で見えます。行政が相手の求人を見てみる
まとめ
- 弁護士の独占業務は「報酬を得て他人の法律事件を扱うこと」(弁護士法第72条)。法律事務所の職員と企業の法務部は、その外側で資格を前提としない
- 「未経験」は自治体側未経験・民間未経験・法務実務未経験の3つに分かれ、財政課の方は1つ目については経験者。行政案件・公共案件では最も重い
- 入り口は法律事務所の行政案件→自治体と契約する会社の法務部→企業の法務部(債権管理・コンプライアンス)→事務所の事務局の順に財政課の経験が効く。上の2つは経験者、下の2つは法務実務未経験者として応募する
- 弁護士の資格は入り口の条件ではなく、正確に調べて整理する姿勢が前提。法務の実務は入所後に積む
- 在職中の準備は、議決事件と予算の型→住民監査請求で見られた箇所の型→債権管理と契約の審査の型→条文と判例の調べ方→求人票の語の順
- 教育訓練給付金は在職中の公務員は対象外(雇用保険法第6条第6号)。庁内研修と自治体職員向けの法務・債権管理の研修を「業務の能率を上げる研修」として使う
- 在職中に事務所の業務を手伝わない(地方公務員法第38条、弁護士法第72条)。案件の個別情報は持ち出さない(第34条)。接点のある事務所への応募は隠さない(第38条の2)
よくある質問
30代後半で、法学部も民間も未経験です。年齢で入り口は狭くなりますか
枠によります。一般の法務(債権管理、コンプライアンス、民事の案件)は、法務の実務を一から積む前提の枠なので、年齢と経験の組み合わせで見られ、事務所・会社の考え方で差があります。一方、法律事務所の行政案件と、自治体と契約する会社の法務部の公共案件では、事務所・会社が欲しいのは「議決事件と予算と監査の内側を知っている人」で、財政課での年数はそのまま経験の厚みとして扱われます。年齢で狭くなるのは法務実務未経験者として入る枠で、経験者として入る枠では、年数はむしろ材料です。どちらの枠に応募するかを先に決めてください。
行政書士や宅地建物取引士の資格を取ってから応募したほうが有利ですか
枠で分かれます。行政書士や宅地建物取引士は、担える業務が法律で決まっている別の職で、法律事務所の職員や企業の法務部の入り口の条件ではありません。一般の法務の枠では「法律を学んだ姿勢」として見られることはありますが、行政案件と公共案件の枠では、資格より「議決事件・住民監査請求・債権管理・契約の内側の経験」が先に見られます。求人の少ない枠ほど、出たときに応募できるかで決まるので、資格の取得を応募の条件にせず、条文と判例の調べ方に慣れることを在職中に並行して進めてください。資格を取る場合も、応募を止めない前提で計画してください。
在職中に、法律事務所が主催する自治体向けの債権管理セミナーに参加してよいですか
自治体職員向けに公開されているセミナーに、業務の一環として、または自分の時間に参加すること自体は問題ありません。庁内の手続き(研修としての参加か、私的な参加か)に従ってください。線が引かれるのは、参加をきっかけにその事務所の業務を報酬を受けて手伝うこと(地方公務員法第38条の営利企業への従事の制限。弁護士法第72条にも触れる)と、セミナーの場で自分の自治体の係争中の案件や未公表の情報を話すこと(第34条)です。また、その事務所に応募する意思がある場合、在職中のやり取りは勤務時間外に行い、自分の自治体との接点があるなら応募先にも伝えておくほうが安全です(第38条の2)。
出典
- 弁護士法 第3条(弁護士の職務)/第72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)|e-Gov法令検索
- 地方自治法 第96条(議決事件)/第234条(契約の締結)/第240条(債権)/第242条(住民監査請求)/第242条の2(住民訴訟)|e-Gov法令検索
- 国家賠償法 第1条|e-Gov法令検索
- 行政不服審査法 第9条(審理員)/第81条(地方公共団体に置かれる機関)|e-Gov法令検索
- 地方公務員法 第34条(秘密を守る義務)/第38条(営利企業への従事等の制限)/第38条の2(再就職者による依頼等の規制)/第39条(研修)|e-Gov法令検索
- 雇用保険法 第6条(適用除外)/第60条の2(教育訓練給付金)|e-Gov法令検索
- 労働基準法 第15条(労働条件の明示)|e-Gov法令検索
- 労働基準法施行規則 第5条(労働条件の明示事項)|e-Gov法令検索