業界研究 / 医療・ヘルスケア
未経験から医療・ヘルスケアに入るには|公務員経験の使い方
「医療の資格がないので、病院や医療の会社は無理だと思っていました」——財政課の方からよく聞く言葉です。この認識は、診療そのものについては正しく、業界全体については違います。病院と診療所には経営企画、経理、医事、施設管理の事務の領域があり、医療機器・医薬品・医療情報の会社には公立病院と自治体を相手にする営業と企画の領域があり、介護事業者と保健事業の会社には保険者である市町村と向き合う経営管理の領域があります。そのうち自治体と接点を持つ領域では、財政課の経験が「未経験」ではなく「経験者」として扱われます。
この記事では、「未経験」を3つに分けて自分がどれに当たるかを確かめ、財政課の経験が効く入り口の枠を順に整理し、資格の位置づけ、在職中にできる準備、公務員が使えない支援制度、服務の線を書きます。業界の構造と職種ごとの評価は医療・ヘルスケアは公務員のどの経験を評価するかに、選考の流れは選考フローと面接で見られている観点に、志望動機の組み立ては志望動機をどう組み立てるかに、処遇の決まり方は年収と働き方に書いています。
業界構造の要点——「診療」と「資格がなくても担う領域」の線
病院は20人以上の患者を入院させる施設を持ち、診療所はそれ以外です(医療法第1条の5)。民間の病院は医療法人(第39条)などが開設し、公立病院は自治体が地方公営企業として経営する形(地方公営企業法第2条第2項)などで運営され、不採算の医療の経費は一般会計が負担します(地方財政法第6条、地方公営企業法第17条の2)。国民健康保険は都道府県が市町村とともに行い(国民健康保険法第3条第1項)、介護保険は市町村と特別区が保険者です(介護保険法第3条)。都道府県は医療計画を定めます(医療法第30条の4)。
診療は医師と看護師などの国家資格が前提ですが、この線の外側——病院の経営企画、経理、医事、施設管理と、会社の営業と企画、介護事業者と保健事業の会社の経営管理——は、資格のない職員が担います。「未経験」かどうかは、この線のどちら側の業務に、自治体との接点があるかどうかで変わります。
「未経験」を3つに分ける
| 未経験の種類 | 財政課の方の実態 | 病院・会社での重み |
|---|---|---|
| 自治体側未経験(繰出金の基準、保険者の財政、病院の投資と委託の審査を知らない) | 経験者。公立病院の繰出金を出す側、国保と介護保険の保険者の側、投資と委託を審査する側を実務で回している | 公立病院・自治体との接点がある業務では最も重い。「外から学んだ」職員が持っていない知識 |
| 民間未経験(会社や法人で働いたことがない) | 未経験。ただし、病院と会社が作った計画と提案を自治体側で読み、審査している | 中程度。入職後の慣れで補える。選考では「出す側・審査する側から、もらう側・提案する側へ」の転換で見られる |
| 医療現場未経験(診療報酬の仕組み、病床の機能、医師と看護師の仕事の実態を知らない) | 未経験 | 経営企画と医事では入職後すぐに学ぶことを求められる。会社の営業でも製品と診療の知識は前提になる |
財政課の方が「未経験」と感じているのは後ろの2つですが、公立病院・自治体との接点がある業務で最も重いのは1つ目で、そこは経験者です。この認識を直すことが、応募できる枠を見つける最初の一歩です。ただし、病院では3つ目のうち「現場への向き合い方」を面接で必ず確かめられます。
入り口になる枠——財政課の経験が効く順
未経験からの入り口は、財政課の経験が効く順に並べると次のようになります。
| 枠 | 主な業務 | 財政課の経験の効き方 | 求人の見つけ方 |
|---|---|---|---|
| 病院の経営企画・経理(公立病院・自治体との接点がある病院) | 経営計画、予算、資金繰り、自治体との調整 | 直接効く。繰出金を出す側にいた人は病院にいない | 病院の案内と求人票に「公立病院」「自治体」「公営企業」「経営強化」の語があるか |
| 公立病院の経営支援(コンサル・監査法人系) | 経営強化、経営形態の見直し、再編の支援 | 直接効く。自治体の内側で経営形態がどう議論されるかを知っている | コンサルの公共・医療の部門。総合コンサルティングに未経験から入るにはとあわせて |
| 医療機器・医薬品・医療情報の会社の官公庁・公立病院営業 | 公立病院と自治体への提案、入札、リース | 審査する側の目が効く。営業の目標への姿勢は別に見られる | 求人票に「官公庁」「公立病院」「自治体」の語があるか。未経験可の条件を確かめる |
| 介護事業者・保健事業の会社の経営管理 | 保険者との調整、委託の受注、実績報告 | 保険者の側にいた経験が効く。現場の運営は未経験として扱われる | 求人票に「保険者」「自治体」「委託」の語があるか |
| 病院の医事・受付 | 診療報酬の請求、受付、交代制 | 財政の経験は効きにくい。医療現場未経験者として扱われる | 未経験可の求人。交代制の条件を確かめる |
上の2つは「自治体側の経験者」として応募でき、3つ目と4つ目は「経験者の要素を持つ未経験者」として、5つ目は「未経験者」として応募することになります。同じ病院・会社の中でも、どの枠で入るかで「未経験」の重みが変わるので、応募の前に求人票で業務を特定してください。
資格の位置づけ——取るべきか
資格は「入り口の条件」と「入った後の伸び」を分けて考えます。
入り口の条件としては、医療職の資格は不要で、事務の領域に法律上の資格の要件はありません。病院の経営企画と経理、会社の営業と企画、介護事業者の経営管理は、資格ではなく「自治体の側で何を見ていたか」と「現場への向き合い方」で見られます。診療報酬の請求に関わる民間の検定は医事の入り口で見られることがありますが、経営企画の条件ではありません。
入った後の伸びとしては、診療報酬の仕組みと病床の機能を学ぶことが病院の中での位置を変えます。医療経営に関わる民間の資格や検定を取る人もいますが、法律上の要件ではなく、病院の考え方によります。会社の営業では製品と診療の知識、介護事業者では介護の人員基準と報酬の仕組みを入職後に学ぶ前提です。
資格の取得を応募の条件にしないでください。公立病院・自治体との接点がある枠は求人が少なく、出たときに応募できるかで決まります。資格の学習は在職中に並行して進めつつ、経験者として通る枠は今の経歴で応募する、と分けて考えます。
自分の経歴が「経験者」として通る枠か「未経験者」として入る枠かは、求人票を一緒に見ると判断しやすくなります。どの枠で応募できるかから相談できます。
在職中にできる準備——順序
在職中の準備は、次の順序で進めると、業務と重なる部分が多く、無理がありません。
1. 公立病院の繰出金を「出す側」の目で型にする。繰出金の査定で、不採算の医療の経費(地方公営企業法第17条の2で一般会計が負担する経費)と経営努力で賄う経費をどう分け、病院側の説明のどこで納得し、どこで戻したかを、個別の数字ではなく型として整理します。自分の担当でなくても、自治体の病院事業会計と繰出金の基準を読んでおきます。
2. 保険者の財政を型にする。国保と介護保険の特別会計で、給付費の見込み、保険料の改定、一般会計からの繰出の基準をどう見たかを型にします。介護事業者と保健事業の会社は、保険者の側の見方を知りません。
3. 病院の投資と保健事業の委託の「審査の順序」を型にする。医療機器と情報システムの投資、リースと起債の比較、委託料の積算と実績報告の審査で、自分が何を見て、どこで戻したかを型にします。会社の営業は、この「戻す箇所」が提案を組むときの材料になります。
4. 診療報酬と病床の機能の基本を読む。病院の収入の構造(保険者が支払う療養の給付の費用)と、医療計画(医療法第30条の4)で病床の機能がどう整理されるかを、公開されている資料で読んでおきます。庁内研修(地方公務員法第39条)や自治体職員向けの地域医療の研修があれば、今の業務の能率を上げる研修として受けられます。
5. 求人票で「公立病院」「自治体」「公営企業」「保険者」「官公庁」の語を探す。病院と会社の求人は一般の医療機関と患者を相手にするものが多く、自治体との接点がある枠は少ないので、語で絞って探します。
公務員が使えない支援制度と、代わりの機会
雇用保険の教育訓練給付金(雇用保険法第60条の2)は、対象が雇用保険の被保険者または被保険者でなくなってから一定期間内の人で、支給要件期間が3年以上あることが条件です。地方公務員は、離職時に条例等で受ける給与の内容が求職者給付等を超える場合、雇用保険法の適用除外なので(同法第6条第6号)、在職中の公務員はこの給付の対象になりません。医療事務や医療経営の講座が指定の教育訓練になっていても、在職中は使えないということです。民間に転職した後、被保険者としての期間が要件を満たせば対象になります。
代わりに使えるのは、前述の庁内研修(地方公務員法第39条)と、自治体職員向けに開かれている外部の研修です。「転職の準備」としてではなく「今の業務の能率を上げる研修」として探すと、庁内の手続きも通りやすく、内容も業務に直結します。公営企業の会計や地域医療の研修は自治体職員向けに開かれているものがあり、病院の側から見ても「出す側の研修を受けた人」として通ります。
服務の線——在職中の準備で触れてはいけないこと
在職中の準備には、地方公務員法の線があります。
営利企業への従事(第38条)。在職中に病院や会社の業務を手伝う、報酬を受けて経営計画や提案書の作成を請け負う、といったことは、任命権者の許可がなければできません。「実務経験を積むために手伝う」は、この線に触れます。
秘密を守る義務(第34条)。未公表の経営形態の検討の方向、繰出金の交渉の個別の経緯、病院側の内部の事情、保険料の改定の未公表の見込み、患者や職員に関わる情報は、退職後も秘密です。準備で「型」にするのは制度と業務の型で、個別の内容は手元に置かないでください。病院は患者の情報を扱う仕事で、この線は重く見られます。
再就職者による依頼等の規制(第38条の2)。自分の自治体の公立病院、その経営を支援しているコンサル、病院や自治体と契約している会社に移る場合、退職後に元の職場へ職務上の依頼をすることには規制があります。在職中に応募する場合は、勤務時間外に行い、接点があることを応募先にも伝えるほうが安全です。
内定後は、労働基準法第15条により労働条件が書面などで明示されるので、未経験での入職に伴う条件(試用期間、担当する業務が経営企画・経理に特定されているか、業務の変更の範囲に医事・受付の交代制が含まれるか——労働基準法施行規則第5条第1号の3、交代制と時間外の扱い——同条第2号、賃金の内訳と固定・変動の割合——同条第3号)を通知書で確かめてから承諾してください。
行政が相手の求人は、掲載中のものから「公立病院や自治体との接点があるか」「未経験可の条件」「経営企画か営業か」が業務内容で見えます。行政が相手の求人を見てみる
まとめ
- 医療・ヘルスケアには、診療(国家資格が前提)の外側に、経営企画、経理、営業、経営管理といった、資格を前提としない領域がある
- 「未経験」は自治体側未経験・民間未経験・医療現場未経験の3つに分かれ、財政課の方は1つ目については経験者。公立病院・自治体との接点がある業務では最も重い
- 入り口は病院の経営企画・経理→公立病院の経営支援→医療機器等の官公庁営業→介護・保健事業の経営管理→医事・受付の順に財政課の経験が効く。上の2つは経験者として応募する
- 医療職の資格は不要で、事務の領域に法律上の資格の要件はない。診療報酬の仕組みは入職後に学ぶ前提。資格の取得を応募の条件にしない
- 在職中の準備は、繰出金の「出す側」の型→保険者の財政の型→投資と委託の審査の型→診療報酬と病床の機能の基本→求人票の語の順
- 教育訓練給付金は在職中の公務員は対象外(雇用保険法第6条第6号)。庁内研修と自治体職員向けの公営企業会計・地域医療の研修を「業務の能率を上げる研修」として使う
- 在職中に病院や会社の業務を手伝わない(地方公務員法第38条)。未公表の検討や患者の情報は持ち出さない(第34条)。接点のある病院・会社への応募は隠さない(第38条の2)
よくある質問
30代後半で、医療も民間も未経験です。年齢で入り口は狭くなりますか
枠によります。医事・受付は、診療報酬の請求と交代制の勤務を一から積む前提の枠なので、年齢と経験の組み合わせで見られ、病院の考え方で差があります。一方、公立病院・自治体との接点がある病院の経営企画と、公立病院の経営支援では、病院とコンサルが欲しいのは「繰出金を出す側、保険者の側、審査する側にいた人」で、財政課での年数はそのまま経験の厚みとして扱われます。年齢で狭くなるのは医療現場未経験者として入る枠で、経験者として入る枠では、年数はむしろ材料です。どちらの枠に応募するかを先に決めてください。
医療事務の検定や医療経営の資格を取ってから応募したほうが有利ですか
枠で分かれます。医事・受付の入り口では、診療報酬の請求に関わる民間の検定が「基礎がある」ことを示す材料になることがあります。病院の経営企画と公立病院の経営支援では、検定や資格より「繰出金を出す側、保険者の側、審査する側の経験」が先に見られ、診療報酬の仕組みは入職後に学ぶ前提で通ることがあります。求人の少ない枠ほど、出たときに応募できるかで決まるので、資格の取得を応募の条件にせず、学習は在職中に並行して進めてください。いずれの資格も法律上の要件ではなく、病院の考え方によります。
在職中に、医療情報の会社が主催する自治体向けの地域医療セミナーに参加してよいですか
自治体職員向けに公開されているセミナーに、業務の一環として、または自分の時間に参加すること自体は問題ありません。庁内の手続き(研修としての参加か、私的な参加か)に従ってください。線が引かれるのは、参加をきっかけにその会社の業務を報酬を受けて手伝うこと(地方公務員法第38条の営利企業への従事の制限)と、セミナーの場で自分の自治体の公立病院の未公表の投資計画や経営形態の検討を話すこと(第34条)です。また、その会社に応募する意思がある場合、在職中のやり取りは勤務時間外に行い、自分の自治体との接点があるなら応募先にも伝えておくほうが安全です(第38条の2)。
出典
- 医療法 第1条の5(病院・診療所の定義)/第30条の4(医療計画)/第39条(医療法人)|e-Gov法令検索
- 地方公営企業法 第2条(この法律の適用を受ける企業の範囲)/第17条の2(経費の負担の原則)|e-Gov法令検索
- 地方財政法 第6条(公営企業の経営)|e-Gov法令検索
- 国民健康保険法 第3条(保険者)|e-Gov法令検索
- 介護保険法 第3条(保険者)|e-Gov法令検索
- 地方公務員法 第34条(秘密を守る義務)/第38条(営利企業への従事等の制限)/第38条の2(再就職者による依頼等の規制)/第39条(研修)|e-Gov法令検索
- 雇用保険法 第6条(適用除外)/第60条の2(教育訓練給付金)|e-Gov法令検索
- 労働基準法 第15条(労働条件の明示)|e-Gov法令検索
- 労働基準法施行規則 第5条(労働条件の明示事項)|e-Gov法令検索