業界研究 / 自治体向けSaaS・GovTech
未経験から自治体向けSaaS・GovTechに入るには|公務員経験の使い方
「民間で働いたことがなく、ITの仕事もしたことがない。それでも自治体向けSaaS・GovTechに入れるのか」——財政課の方からよく受ける質問です。答えは、「未経験」の中身を分解すれば、入り方が見えるです。
「未経験」と一括りにされているものは、実際には3つの別のものです。民間企業で働いた経験がない(民間未経験)、システムを作った経験がない(IT未経験)、そして自治体の業務を知らない(業務未経験)。GovTechの企業が採用で最も重く見るのは3つ目で、財政課の方はここだけは「経験者」です。前の2つが未経験であることは、職種を選べば入り口を狭めません。
この記事では、「未経験」の3つの分解、財政課の経験が効く入り口の職種、在職中にできる準備の順序、公務員が使えない支援制度と使える機会、服務の線を整理します。業界の構造と職種ごとの評価は自治体向けSaaS・GovTechは公務員のどの経験を評価するかに、選考の流れは選考フローと面接で見られている観点に、志望動機はGovTechの志望動機に書いています。
業界構造の要点——「業務未経験でない」ことの意味
GovTechの企業の事業は、標準化の対象外の業務系・情報系(財務会計、予算編成、公会計、電子申請、文書管理など)を複数の自治体に提供することが中心です。地方公共団体情報システムの標準化に関する法律は、政令で定める標準化対象事務のシステムに標準化基準への適合を義務づけ(第8条第1項)、デジタル庁の公式ページによれば20の事務が対象ですが、財務会計・予算編成は含まれていません。
この構造で「業務未経験でない」ことが効くのは、製品の差が競争力になる領域では、業務を知っている人が製品の設計と導入の両方で必要になるからです。IT未経験・民間未経験の方がGovTechに入るときの入り口は、この「業務を知っている人が必要な職種」です。
「未経験」を3つに分ける
| 未経験の種類 | 財政課の方の実態 | GovTechでの重み |
|---|---|---|
| 業務未経験(自治体の業務を知らない) | 経験者。予算編成、執行、決算、起債、財政分析を実務で回している | 最も重い。IT側の人が短期間で補えない |
| 民間未経験(会社で働いたことがない) | 未経験。ただし、事業者との折衝、契約、検査で「相手側」は見ている | 中程度。入社後の慣れで補える部分が大きい。選考では「複数の顧客を相手にする視点」の有無で見られる |
| IT未経験(システムを作ったことがない) | 未経験。ただし、財務会計システムの利用者としての経験、更改時の要件整理の経験はある場合がある | 職種による。開発職では重いが、導入・CS・企画・営業では必須でない |
財政課の方が「未経験」と感じているのは、後ろの2つです。しかしGovTechの採用で最も重いのは1つ目で、そこは経験者です。この認識のずれを直すだけで、応募できる職種の範囲が変わります。
入り口になる職種——財政課の経験が効く順
IT未経験・民間未経験の方の入り口として現実的なのは、次の職種です(職種名は会社によって違います)。
1. 導入・カスタマーサクセス。契約した自治体に製品を入れ、業務の流れに合わせて設定し、使い続けてもらう仕事です。自治体側の担当者が財政課や会計課であれば、同じ言葉で話せることがそのまま価値になります。IT未経験でも、製品の設定は入社後の研修で覚えられます。最初の入り口として最も多い職種です。
2. 営業・アカウント担当。自治体に製品を提案し、調達の手続きを経て契約に至るまでを担います。財政課の方は、調達の相手側(予算の確保、仕様の作り方、入札・プロポーザル)を内側から知っているので、提案の時期と内容を組み立てる力があります。民間未経験の方が「営業はできない」と敬遠しがちですが、自治体向け営業は「売り込む」より「調達の手続きに沿って提案する」性格が強く、財政課の経験と重なります。
3. プロダクト企画・業務設計。製品に何を実装するかを決め、業務の流れを要件に落とす仕事です。IT未経験でも、「業務の側から要件を書ける」ことが求められます。財政課でシステム更改の要件定義に関わった経験があれば、直接つながります。ただし、この職種は導入やCSを経てから移ることが多く、最初の入り口としては1・2より狭いです。
4. 開発職(エンジニア)。IT未経験からの入り口としては最も遠い職種です。業務知識は評価されますが、コードを書く技術が前提になります。目指す場合は、入社前にプログラミングの基礎を学び、小さなものでも作った実績を持って応募するのが一般的です。財政課の経験だけで開発職に入る道は、当社の見る範囲では一般的ではありません。
入り口は1か2、そこから3へ、という順序が現実的です。「未経験だから」と入り口を4に絞る必要はなく、むしろ逆です。
自分の業務の棚卸しが、どの職種のどの求人に当たるのかは、一度話しながら整理したほうが早いことが多いです。どの経験に値が付くのかから相談できます。
在職中にできる準備——順序
1. 業務の棚卸し(ITの学習より先)。前述のとおり。使っているシステムと、その外の手作業を書き出す。頻度と関わる人数を添える。
2. 自治体側から見た製品の比較。自分の自治体で使っている財務会計や予算編成の製品と、他社の製品を、公開されている製品ページと導入事例で比べる。「自分の自治体はこの製品でこう困っている」「他社の製品はここが違うらしい」の粒度で十分です。ここまでで、面接で話す材料の大半が揃います。
3. ITの基礎を、必要な分だけ。入り口の職種に必要なのは、開発の技術ではなく、システムの構造(データベース、クラウド、SaaSの提供形態、他システムとの連携)を会話で理解できる語彙です。情報処理技術者試験(情報処理の促進に関する法律第26条)のうち入門的な区分(ITパスポート試験など)の範囲は、この語彙を体系的に押さえるのに向いています。資格そのものが選考で必須になることは一般的ではありませんが、勉強の範囲を決める目安として使えます。
4. 庁内の研修と、業務での機会。地方公務員法第39条は、職員に研修を受ける機会が与えられなければならないと定め、任命権者が研修を行うものとしています。庁内のDX研修や情報システムの研修があれば、在職中の正当な学習機会です。また、財政課として庁内のシステム導入の予算を査定する場面、システム更改の要件定義に参加する場面は、そのまま業務側の経験になります。転職のためではなく、現在の業務としてこれらに深く関わることが、結果として最も強い準備になります。
公務員が使えない支援制度と、代わりの機会
民間の方が転職の準備で使う制度の中に、在職中の公務員には使えないものがあります。
雇用保険の教育訓練給付金(雇用保険法第60条の2)は、指定の教育訓練を修了した場合に費用の一部が支給される制度ですが、対象は雇用保険の被保険者、または被保険者でなくなってから一定期間内の人で、支給要件期間が3年以上あることが条件です。地方公務員は、離職時に条例等で受ける給与の内容が求職者給付等を超える場合、雇用保険法の適用除外です(同法第6条第6号)。在職中の公務員は、この給付の対象になりません。民間に転職した後、被保険者としての期間が要件を満たせば対象になります。
代わりに使えるのは、前述の庁内研修(地方公務員法第39条)と、自治体職員向けに開かれている外部の研修・勉強会です。「転職の準備」として探すのではなく、「今の業務の能率を上げる研修」として探すと、庁内の手続きも通りやすく、内容も業務に直結します。
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服務の線——在職中の準備で触れてはいけないこと
在職中の準備で、服務の線に触れやすい場面が2つあります。
1つ目は、自治体の内部資料を学習や応募の材料に使うこと。地方公務員法第34条の秘密を守る義務により、公表されていない内部の資料(システムの設定内容、調達の仕様書の非公開部分、査定の記録)を持ち出して、勉強や課題の材料にすることはできません。業務の棚卸しは「自分の頭の中にある業務の流れ」で行い、資料を持ち出さないでください。
2つ目は、報酬を得る副業的な準備。地方公務員法第38条は、任命権者の許可なく、報酬を得て事業や事務に従事することを制限しています。GovTechの企業から「入社前に業務委託で手伝ってほしい」と言われた場合、許可なく報酬を受ければこの条文に触れます。在職中に手伝うなら、許可の手続きを経るか、報酬を伴わない形にするかを企業側と確認してください。在職中の副業・兼業の許可に、許可の仕組みを整理しています。
内定後は、労働基準法第15条により労働条件が書面などで明示されるので、未経験での入社に伴う条件(研修期間、試用期間、職種の変更の範囲)を通知書で確かめてから承諾してください。
まとめ
- 「未経験」は業務未経験・民間未経験・IT未経験の3つに分かれる。GovTechで最も重いのは業務未経験で、財政課の方はそこは経験者
- 入り口は導入・CS、営業・アカウント担当が現実的。プロダクト企画はその先、開発職は技術が前提
- 準備の順序は業務の棚卸し→自治体側から見た製品の比較→必要な分だけITの語彙→庁内研修と業務での機会。ITの学習を先にしない
- 在職中の公務員は雇用保険の適用除外で、教育訓練給付金の対象にならない。庁内研修(地方公務員法第39条)を「今の業務の能率」として使う
- 内部資料を持ち出さない(第34条)。入社前の業務委託で報酬を受けるなら許可が要る(第38条)
よくある質問
30代後半で、民間もITも未経験です。年齢で入り口は狭くなりますか
年齢そのものより、「業務の経験を、複数の自治体を相手にする視点で語れるか」で見られます。財政課の経験が長い方は、予算編成を複数回通し、システム更改や決算統計の様式変更も経験していることが多いので、業務の棚卸しの材料はむしろ豊富です。入り口の職種(導入・CS、営業)では、その材料が直接評価されます。避けたほうがよいのは、年齢を理由に開発職や「若手向け」と書かれた求人に絞ることで、経験を評価する求人のほうが合う可能性が高いです。
プログラミングを勉強してから応募したほうが有利ですか
開発職を目指すなら必要ですが、導入・CS、営業、企画の入り口では、選考で有利になる度合いは限られます。それより、財政課の業務をシステムの視点で説明できることのほうが、面接で重く見られます。ITの学習をするなら、業務の棚卸しをした後に「ここを知らないと話せない」と分かった部分(データの持ち方、他システムとの連携、クラウドの提供形態など)を、会話で使える語彙として押さえる程度が、入り口の職種には見合っています。
在職中に、GovTechの会社の勉強会やイベントに参加してよいですか
報酬を伴わず、勤務時間外で、内部の資料を持ち出さなければ、参加そのものは服務の線に触れません。報酬を得て登壇する、業務委託として手伝うといった形になると、地方公務員法第38条の許可の問題が生じます。また、参加先の会社が自分の自治体の調達に関わっている場合、在職中の関係の持ち方は慎重に扱う必要があるので、参加前に所属の服務担当に確認するのが安全です。在職中の副業・兼業の許可に、許可の要否の考え方を整理しています。