制度とお金 / 服務
営利企業への就職制限をめぐる誤解
「公務員は営利企業に就職できない」「営利企業への就職には制限がある」——この言い回しは、転職を考える公務員の周りで繰り返し出てきます。上司から、同僚から、家族から、そしてネットの記事から。
この言い回しには、3つの別の規定が混ざっています。地方公務員法第38条の「営利企業への従事等の制限」、第38条の2の「再就職者による依頼等の規制」、そして国家公務員法第103条の「私企業からの隔離」。名前が似ていて、対象も時期も違うので、混ざると「営利企業に就職できない」という、どの条文にも書かれていない結論になります。
この記事では、この3つの規定をほどいて、何が禁じられ、何が自由かを条文で整理します。各規定の詳しい中身は、地方公務員法38条は在職中の規定であること、地方公務員に再就職規制はあるのか、退職後の再就職規制|国家公務員の場合に書いています。
3つの規定を並べる
| 規定 | 対象 | 時期 | 何を規制するか | 就職先の制限か |
|---|---|---|---|---|
| 地方公務員法第38条 | 地方公務員(在職中) | 在職中 | 営利企業の役員などを兼ねること、自ら営利企業を営むこと、報酬を得て事業・事務に従事すること。任命権者の許可制 | 違う。在職中の兼業の規制 |
| 地方公務員法第38条の2 | 地方公務員であった者(退職後) | 離職後2年間(自ら決定した契約等は期間なし) | 離職前5年間の組織の役職員に対する、契約等事務に関する働きかけ | 違う。退職後の行為の規制 |
| 国家公務員法第103条 | 国家公務員(在職中) | 在職中 | 営利企業の役員などを兼ねること、自ら営利企業を営むこと。人事院の承認制 | 違う。在職中の兼業の規制 |
3つのどれも、退職後の就職先を制限する規定ではありません。第38条と第103条は在職中の兼業の規制で、退職すれば対象から外れます。第38条の2は退職後の規定ですが、就職先ではなく行為を規制します。
誤解1:「営利企業への就職には許可が要る」
第38条の「任命権者の許可」は、在職中に営利企業の役員を兼ねたり、自ら営利企業を営んだり、報酬を得て従事したりするための許可です。退職して営利企業に就職することは、この条の対象ではありません。
退職後の就職に、任命権者の許可は要りません。要るのは、退職の申出と、自治体の退職管理の条例が定めていれば届出です(第38条の6)。届出は許可ではありません。
誤解2:「関係する企業には2年間就職できない」
第38条の2は、離職後2年間、古巣への働きかけを禁じる規定で、就職先を制限していません。自治体と取引のある企業に転職すること自体は、法律で禁じられていません。転職後に、離職前5年間の組織の役職員に対して、契約等事務に関する要求・依頼をしなければ、規制に触れません。
国家公務員も同じで、国家公務員法第106条の3は在職中に利害関係企業等に求職することを禁じますが、退職後の就職先を制限する規定は現在の条文にありません。
誤解3:「公務員は営利企業と関わってはいけない」
第38条と第103条は、在職中の兼業を規制するもので、「関わる」ことを禁じていません。転職活動として営利企業に応募し、面接を受け、内定を受けることは、兼業ではありません。在職中に、転職先の業務を報酬を得て始めることが第38条の対象であって、応募や内定は対象外です。
誤解4:「営利企業の役員にはなれない」
在職中は、許可なく営利企業の役員を兼ねることはできません(第38条第1項)。退職後は、この条の対象外です。退職後に営利企業の役員になること、起業して自ら営利企業を営むことは、法律で禁じられていません。第38条の2の働きかけの規制は、役員でも従業員でも同じように適用されます。
誤解5:「非営利なら何でもよい」
第38条は営利企業の役員などを対象にしていますが、「報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」の部分は、営利・非営利を問いません。在職中に、非営利の団体で報酬を得て働く場合も、許可が要ります。逆に、退職後は営利・非営利を問わず、就職先の制限はありません。第38条の2の営利企業等には、営利企業だけでなく、国・地方公共団体などを除く法人が含まれるので、非営利の法人に再就職した場合も、働きかけの規制は同じです。
混ざる理由——「営利企業」という言葉
3つの規定が混ざる理由は、どの条文にも「営利企業」という言葉が出てくるからです。第38条の見出しは「営利企業への従事等の制限」、第103条の見出しは「私企業からの隔離」、第38条の2の対象は「営利企業等の地位に就いている者」。見出しだけを読むと、営利企業に関わることが全般に制限されているように見えます。
条文を読むと、第38条と第103条は「職員は」で始まる在職中の規定で、第38条の2は「職員であつた者」で始まる退職後の規定です。主語が違い、時期が違い、規制する行為が違います。
転職するとどうなるか
転職を考えている方にとって、この誤解で効いてくる点は3つです。
1. 退職後の営利企業への就職に、許可は要らない
第38条は在職中の規定です。退職の申出と、条例があれば届出だけです。
2. 在職中に、転職先の業務を報酬を得て始めない
これが第38条の対象です。内定後に「入社前から手伝ってほしい」と言われても、在職中は許可なく報酬を得て従事できません。
3. 退職後2年間、古巣への働きかけをしない
これが第38条の2の対象です。就職先ではなく、行為の規制です。
手続きと期限
| 場面 | 何が適用されるか | すること |
|---|---|---|
| 在職中に転職活動をする | 第38条の対象外(応募・面接・内定は兼業ではない) | 特になし。職務専念義務の範囲で、勤務時間外に |
| 在職中に転職先の業務を報酬を得て始める | 第38条の対象 | 任命権者の許可が要る。原則として避ける |
| 退職して営利企業に就職する | 第38条の対象外 | 退職の申出。条例があれば届出(第38条の6) |
| 退職して起業する | 第38条の対象外 | 同上 |
| 退職後、古巣に契約等事務で働きかける | 第38条の2の対象 | しない(離職後2年間。自ら決定したものは期間なし) |
誤解されやすい点
「営利企業への就職には任命権者の許可が要る」と思い込む
第38条の許可は在職中の兼業のためのもので、退職後の就職には要りません。
「関係企業には2年間就職できない」と思い込む
第38条の2は働きかけの規制で、就職先を制限していません。
「在職中の転職活動は第38条に触れる」と思い込む
応募、面接、内定は兼業ではありません。報酬を得て従事することが対象です。
「退職後は起業も役員も制限される」と思い込む
第38条は退職後には及びません。第38条の2の働きかけの規制だけです。
まとめ
- 「営利企業への就職制限」には、地方公務員法第38条(在職中の兼業の許可制)、第38条の2(退職後の働きかけの規制)、国家公務員法第103条(在職中の兼業の規制)の3つが混ざっています
- 3つのどれも、退職後の就職先を制限する規定ではありません
- 第38条と第103条は「職員は」で始まる在職中の規定で、退職すれば対象から外れます。応募、面接、内定は兼業ではなく、対象外です
- 第38条の2は退職後の規定ですが、就職先ではなく、離職後2年間の古巣への働きかけを規制します
- 退職後の就職に許可は要りません。自治体の条例があれば届出です(第38条の6)
- 「制限がある」と言われたら、第38条か第38条の2かを聞き返すと、どちらも転職を止める規定ではないことが分かります
よくある質問
上司に「営利企業への転職は制限があるから慎重に」と言われました。本当ですか
退職後の就職先を制限する規定はありません。上司が念頭に置いているのは、おそらく地方公務員法第38条(営利企業への従事等の制限)の見出しですが、第38条は「職員は、任命権者の許可を受けなければ…」で始まる在職中の兼業の規定で、退職後の就職には及びません。退職後に関わるのは第38条の2の働きかけの規制で、就職先ではなく、離職後2年間の古巣への契約等事務に関する要求・依頼を禁じるものです。「慎重に」の中身が、転職先が自治体と取引のある企業である場合の働きかけの規制を指しているなら、それは正しい注意で、転職後に古巣への営業から外れる形を転職先と相談すれば足ります。就職そのものを止める根拠ではありません。人事の担当課に「退職後の民間企業への就職に、法律や条例の制限があるか」を聞くと、条例の届出の有無も含めて正確に答えてもらえます。
内定先から「入社前に業務に慣れるため、週末に手伝ってほしい」と言われました。受けてよいですか
在職中に報酬を得て従事することは、第38条の対象で、任命権者の許可が要ります。内定先の業務を、報酬を得て手伝うことは、「報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない」の部分に当たります。許可の基準は人事委員会規則などで定められ、営利企業の業務への従事は許可されないことが多いので、原則として断ってください。報酬を得ない形(無償の見学、資料の受取り)なら第38条の直接の対象ではありませんが、実質的に労務を提供していれば問題になり得るうえ、職務専念義務や守秘義務の観点からも避けるのが安全です。内定先には「在職中は地方公務員法第38条により報酬を得て業務に従事できないので、入社日から全力で取り組みます」と伝えれば、公務員の事情として理解されます。内定先がこの説明を受け入れないなら、法令の理解が浅い企業である可能性を考える材料にもなります。
退職後に起業したいのですが、公務員だった人には制限がありますか
起業そのものに制限はありません。第38条の「自ら営利企業を営んではならない」は在職中の規定で、退職後は対象外です。退職後に会社を設立して自ら営むことも、役員になることも、法律で禁じられていません。関わるのは第38条の2で、起業した会社が前職の自治体と契約や処分の関係を持つ場合、離職後2年間、離職前5年間の組織の役職員に対して契約等事務に関する働きかけをしないこと、自ら決定した契約・処分については期間なく働きかけないことが求められます。前職の自治体を顧客にする起業を考えている方は、この線を最初から事業の設計に入れてください。自治体の退職管理の条例が届出を求めていれば、役員に就くことも届出の対象になることがあるので、人事の担当課で確かめてください。守秘義務(第34条)は退職後も続くので、在職中に知った非公開の情報を事業に使わないことも、当然の前提です。