制度とお金 / 服務
守秘義務は退職後も続くのか
転職の面接で「前職でどんな仕事をしていましたか」と聞かれたとき、公務員だった方は一瞬ためらいます。守秘義務があるから、どこまで話してよいのか分からない。これは、転職を考える公務員から最も多く聞かれる不安の1つです。
結論から書くと、守秘義務は退職後も続きます。地方公務員法第34条第1項は、そう明記しています。ただし、守秘義務の対象は「職務上知り得た秘密」であって、職務の経験や仕事の進め方そのものではありません。この線引きが分かれば、面接で話せることと話せないことが決まります。
この記事では、第34条と第60条の条文を読みながら、退職後の守秘義務の範囲と、転職の場面での線引きを整理します。個別の情報が秘密に当たるかどうかは、最終的には所属の判断によるので、迷う情報は退職前に担当課に確かめてください。
条文——第34条
| 項 | 内容 |
|---|---|
| 第1項 | 職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、また、同様とする |
| 第2項 | 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表する場合は、任命権者(退職者については、その退職した職又はこれに相当する職に係る任命権者)の許可を受けなければならない |
| 第3項 | 前項の許可は、法律に特別の定がある場合を除く外、拒むことができない |
第1項の「その職を退いた後も、また、同様とする」が、退職後も続く根拠です。期限はありません。退職後10年たっても、職務上知り得た秘密は漏らしてはならない、という規定です。
第2項は、退職者が裁判などで証人になる場合の手続きで、退職した職の任命権者の許可を受けます。第3項により、任命権者は法律に特別の定めがある場合を除いて許可を拒めないので、証言の道が閉ざされるわけではありません。
罰則——第60条第2号
第60条は、第34条第1項又は第2項の規定に違反して秘密を漏らした者を、1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金に処すると定めています。退職者も第34条第1項の対象なので、退職後の漏えいも同じ罰則の対象です。
在職中なら懲戒処分の対象にもなりますが、退職後は懲戒の対象ではないので、退職後の守秘義務違反は、刑事罰と、漏えいによる損害の民事上の責任の問題になります。
「秘密」とは何か——線引きの考え方
守秘義務の対象は「職務上知り得た秘密」です。何が秘密に当たるかは条文に定義がなく、実務と判例では、一般に知られていない事実で、それを知らせないことに正当な利益があるもの(実質的に秘密として保護に値するもの)と考えられています。転職の場面で問題になる情報を、この考え方で分けます。
| 分類 | 例 | 転職の場面で |
|---|---|---|
| 秘密に当たる可能性が高い | 個人情報(住民、職員、事業者の情報)、未公表の政策・計画・予算の内容、入札や契約の非公開情報、税務・福祉・保健などの個別の事案、内部の検討経過で非公開のもの | 話さない。転職先の業務にも使わない |
| 公表されている情報 | 公表済みの予算、計画、統計、議会の議事録、条例・規則、公開された入札の結果 | 話してよい。出典を示せる |
| 職務の経験と仕事の進め方 | 自分がどの業務を担当し、どういう手順で、どういう判断をしたか。制度の仕組みと運用の一般論 | 話してよい。個別の事案の中身を伴わない限り、秘密ではない |
| 判断に迷うもの | 公表前だが後に公表された情報、内部で共有されていたが非公開の指定はない情報 | 退職前に担当課に確かめる。確かめられなければ話さない |
転職の面接で聞かれるのは、3つ目の「職務の経験と仕事の進め方」です。「予算編成で各課の要求をどう査定したか」「起債の協議をどう進めたか」「決算統計をどう組んだか」は、仕事の進め方であって、個別の秘密ではありません。個別の事業者名、個人名、未公表の数字を伴わなければ、話せます。
転職先の業務での注意
守秘義務は、面接だけでなく、転職先での業務でも続きます。
| 場面 | 注意 |
|---|---|
| 前職の自治体を顧客にする業務 | 在職中に知った非公開の情報(内部の検討状況、担当者の個人的な事情など)を、営業や提案に使わない |
| 他の自治体を顧客にする業務 | 前職の自治体の非公開の情報を、比較や事例として持ち出さない。公表済みの情報は使える |
| 前職の同僚との関係 | 転職後に、在職中の同僚から非公開の情報を聞き出すことは、同僚の守秘義務違反を招く |
| 資料の持出し | 在職中の資料(データ、文書、メール)を退職時に持ち出さない。公表済みの資料も、自治体の管理する形のままの持出しは避ける |
自治体向けの営業や提案の仕事に転職する方は、「前職で知っている」ことが武器になる場面があり、そこに守秘義務の線があります。制度の仕組みと運用の一般論、公表済みの情報、自分の経験に基づく仕事の進め方は使えます。非公開の個別の情報は使えません。
転職するとどうなるか
転職を考えている方にとって、守秘義務で効いてくる点は3つです。
1. 経験は話せる。秘密は話せない
仕事の進め方、判断の基準、制度の運用の一般論は経験です。個人情報、未公表の情報、個別の事案の中身は秘密です。
2. 退職後も続き、罰則がある
第34条第1項と第60条第2号のとおりです。転職先で前職の非公開の情報を使うことは、退職後の守秘義務違反です。
3. 資料は持ち出さない
在職中の資料を退職時に持ち出さないのが、最も確実な線引きです。自分の経験は頭の中にあり、資料は要りません。
手続きと期限
| 順序 | すること | 時期 |
|---|---|---|
| 面接の前 | 話す予定の経験を「仕事の進め方」と「個別の事案」に分け、後者を消す | 応募のとき |
| 迷う情報があれば | 秘密に当たるかを担当課に確かめる(退職の意思を伝えずに、一般的な質問として) | 在職中 |
| 退職時 | 資料を持ち出さない。貸与されたデータ・文書・端末を返す | 退職日 |
| 転職後 | 前職の非公開の情報を業務に使わない。同僚から聞き出さない | 継続 |
| 証人になる場合 | 退職した職の任命権者の許可を受ける(第34条第2項) | そのとき |
誤解されやすい点
「退職すれば守秘義務はなくなる」と思い込む
「その職を退いた後も、また、同様とする」(第34条第1項)。期限はありません。
「守秘義務があるから前職の話は一切できない」と思い込む
対象は「職務上知り得た秘密」で、仕事の進め方や経験は秘密ではありません。
「公表されている情報も話してはいけない」と思い込む
公表済みの情報は秘密ではありません。出典を示せる範囲で話せます。
「転職先で前職の知識を使うのは全部だめ」と思い込む
制度の仕組みと運用の一般論、自分の経験は使えます。非公開の個別の情報は使えません。
まとめ
- 地方公務員法第34条第1項の守秘義務は、「その職を退いた後も、また、同様とする」と明記され、退職後も期限なく続きます
- 違反は1年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の対象で、退職者も同じです(第60条第2号)
- 対象は「職務上知り得た秘密」で、個人情報、未公表の情報、個別の事案の中身が典型です。仕事の進め方、判断の基準、公表済みの情報、制度の運用の一般論は秘密ではありません
- 面接の前に、話す経験を「仕事の進め方」と「個別の事案」に分けて、後者を消すと、線引きができます
- 転職先の業務でも、前職の非公開の情報を使わない、同僚から聞き出さない、資料を持ち出さないの3つを守ります
- 証人になる場合は、退職した職の任命権者の許可を受けます(第34条第2項)。許可は原則として拒めません(第3項)
よくある質問
面接で「予算編成でどんな仕事をしたか」と聞かれました。どこまで話せますか
仕事の進め方は話せます。個別の事案の中身は話せません。「各課の要求を、事業の目的、過去の執行率、財源の見込みで査定し、要求額に対して何を基準に削減の判断をしたか」は、あなたの仕事の進め方で、秘密ではありません。公表済みの予算の規模や、公表された事業の名前を挙げるのも問題ありません。一方、未公表の事業の内容、特定の課や事業者との個別のやり取り、内部の検討で非公開だった数字は、第34条の「職務上知り得た秘密」に当たる可能性があるので話しません。「ある事業の要求額を、執行率の低さを理由に3割削った」のように、事業を特定せず、判断の基準と結果を話す形なら、経験として十分に伝わります。面接官が知りたいのは、あなたがどう考えて仕事をしたかであって、自治体の内部情報ではありません。
転職先が自治体向けの営業です。前職の自治体を担当することになったら、どうすればよいですか
在職中に知った非公開の情報を使わず、公表済みの情報と自分の経験で仕事をします。守秘義務は転職先の業務でも続くので(第34条第1項)、前職で知った内部の検討状況、担当者の事情、非公開の予算の見込みなどを提案や営業に使うことは、退職後の守秘義務違反です。一方、公表済みの予算や計画、制度の仕組み、自治体の仕事の進め方についての一般的な理解は、あなたの経験として使えます。前職の同僚から非公開の情報を聞き出すことは、同僚の守秘義務違反を招くので、しません。前職の自治体を担当すること自体は法律で禁じられていませんが、転職先によっては、利害の関係を避けるために担当を外す運用をしていることがあります。転職先の上司に、前職の自治体であることと、守秘義務の線引きを伝えて、担当の可否を相談するのが、あなたと転職先の双方を守る形です。
退職時に、自分が作った資料を持ち出してよいですか
持ち出さないのが原則です。自分が作成した資料であっても、職務上作成したものは自治体の文書で、その中に職務上知り得た秘密が含まれていれば、持出しは第34条の問題になります。秘密が含まれていない公表済みの資料であっても、自治体の管理する形のままの持出しは、文書の管理の規則に反することがあります。自分の経験は頭の中にあり、資料は要りません。面接で示す実績は、「決算統計の組替えの手順を整理した」「起債の協議の資料の様式を作った」のように、何をしたかを言葉で説明すれば伝わります。転職先で同じような資料が要るなら、転職先で新たに作ればよく、それができることがあなたの経験の証明です。貸与されたデータ、文書、端末は退職日に返し、私的な端末やクラウドに職務上のデータが残っていないかを確かめてください。