制度とお金 / 服務
公職への立候補と失職
財政課の経験を、議員として生かしたい——公務員からの「転職」の1つに、公職への立候補があります。自治体の予算と決算を内側から見てきた経験は、議会で直接に生きます。
ただし、公務員は在職中に公職の候補者になれず、立候補の届出をした日に退職したものとみなされます。普通の転職と違って、退職日を自分で選ぶ余地がなく、落選しても戻れません。この2点が、立候補という転職の特殊なところです。
この記事では、公職選挙法第89条・第90条と地方自治法第92条で、立候補と退職の関係を整理し、欠格による失職との違い、退職手当の扱い、準備の段取りをまとめます。退職手当の扱いは自治体の条例によるので、人事の担当課で確かめてください。在職中の政治的行為の制限は政治的行為の制限に書いています。
条文——立候補は在職中にできない
| 条文 | 内容 |
|---|---|
| 公職選挙法第89条第1項 | 国・地方公共団体の公務員などは、在職中、公職の候補者となることができない(ただし書で、国務大臣、地方公共団体の長・議員などの特定の公務員と、政令で定める臨時・非常勤の職員などを除く) |
| 公職選挙法第90条 | 第89条により候補者となれない公務員が、立候補の届出により候補者となったときは、当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなす |
| 地方自治法第92条第2項 | 普通地方公共団体の議会の議員は、地方公共団体の常勤の職員と兼ねることができない |
第89条が「在職中は候補者になれない」と定め、第90条が「届出をすれば、その日に退職したものとみなす」と定めています。つまり、立候補の届出をすると、退職の申出も承認も要らず、届出の日に自動的に公務員でなくなります。第92条は、仮に当選しても議員と常勤職員は兼ねられない、という念押しです。
「辞したものとみなす」の意味——普通の退職との違い
| 項目 | 普通の退職(転職) | 立候補による退職 |
|---|---|---|
| 退職の意思表示 | 本人が退職を申し出て、任命権者が承認(辞職の承認) | 不要。届出の日に辞したものとみなす |
| 退職日 | 本人と任命権者の調整で決まる | 立候補の届出の日(選択の余地なし) |
| 引継ぎ | 退職日までに行う | 届出の前に済ませる必要がある |
| 年次有給休暇の消化 | 退職日までに調整 | 届出の前に取る |
| 落選した場合 | ── | 戻れない。再び職員になるには採用の手続き |
| 退職手当 | 条例による(自己都合、定年など) | 条例による。自己都合退職と同じ扱いになることが多い(要確認) |
最も大きな違いは、退職日が立候補の届出の日に固定され、落選しても戻れないことです。転職なら、内定を得てから退職を申し出て、退職日を調整できます。立候補は、届出の日に退職が確定し、当選するかどうかはその後に決まります。
退職手当の扱い
第90条は「退職に関する法令の規定にかかわらず」辞したものとみなすと定めているので、退職手当の支給そのものは妨げられません。退職手当の額は、自治体の退職手当条例で、退職の事由ごとに定められています。立候補による退職は、多くの自治体で自己都合退職と同じ支給率で計算されます。自分の自治体の扱いは人事の担当課で確かめてください。自己都合退職の計算は自己都合退職の退職手当に書いています。
退職の申出を経ないので、退職手当の請求や、共済の手続き、健康保険の切替えなどは、届出の後に本人が進めることになります。届出の前に、人事の担当課と共済の担当に、立候補による退職の場合の手続きの流れを聞いておいてください。
失職との違い——第28条第4項
「失職」は、立候補による退職とは別の仕組みです。地方公務員法第28条第4項は、職員が第16条各号(第2号を除く)のいずれかに該当するに至ったときは、条例に特別の定めがある場合を除くほか、その職を失うと定めています。第16条第1号は、拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでまたは執行を受けることがなくなるまでの者です。
| 項目 | 立候補による退職(公選法第90条) | 失職(地公法第28条第4項) |
|---|---|---|
| 原因 | 立候補の届出 | 欠格事由に該当(拘禁刑以上の刑など) |
| 性質 | 本人の行為による退職とみなし | 資格を失うことによる当然の失職 |
| 退職手当 | 条例による(自己都合と同じ扱いが多い) | 条例により、支給されないまたは制限されることが多い |
選挙運動で公職選挙法に違反して有罪になると、拘禁刑以上なら失職の対象です。立候補の準備で公職選挙法の運動の規制を守ることは、当選のためだけでなく、自分の身分のためでもあります。
立候補の準備の段取り
| 順序 | すること | 根拠・注意 |
|---|---|---|
| 在職中 | 政策の勉強、選挙制度の理解、家族との相談 | 第36条の政治的行為に当たらない範囲で |
| 在職中 | 後援会の役員に就かない、区域内で支持を求める活動をしない | 地方公務員法第36条 |
| 在職中 | 人事の担当課に、立候補による退職の場合の退職手当と手続きを照会 | 退職手当条例 |
| 届出の前 | 引継ぎを済ませ、年次有給休暇を取り、共済・健康保険・年金の切替えの段取りをする | 第90条により届出の日に退職 |
| 届出の日 | 立候補の届出。その日に退職 | 第89条、第90条 |
| 届出の後 | 退職手当の請求、共済の手続き、健康保険・年金の切替え | 各制度 |
| 選挙の後 | 当選なら議員として活動(常勤職員との兼職はない)。落選なら次の進路 | 地方自治法第92条 |
第36条により、在職中に区域内で支持を求める活動や後援会の役員への就任はできません。立候補の準備で在職中にできるのは、政策の勉強と、退職の段取りです。選挙運動の準備は、退職の日(届出の日)以降になります。
転職するとどうなるか
立候補を考えている方にとって、効いてくる点は3つです。
1. 退職日は届出の日で、選べない
引継ぎ、休暇、各制度の切替えの段取りは、届出の前に済ませます。
2. 落選しても戻れない
落選した場合の進路を先に考えるのが、転職の準備と同じ発想です。
3. 在職中の準備は、政治的行為に当たらない範囲で
後援会の役員、区域内の支持を求める活動は、退職の日以降に(地方公務員法第36条)。
手続きと期限
| 順序 | 手続き | 時期 | 場所 |
|---|---|---|---|
| 検討の段階 | 立候補による退職の退職手当と手続きの流れを照会 | 早めに | 人事の担当課 |
| 届出の前 | 引継ぎ、年次有給休暇の取得 | 届出の前 | 職場 |
| 届出の前 | 共済・健康保険・年金の切替えの段取り | 届出の前 | 共済組合、市区町村 |
| 届出の日 | 立候補の届出。その日に退職 | 選挙の告示日など | 選挙管理委員会 |
| 届出の後 | 退職手当の請求、組合員証の返納、健康保険・年金の切替え | 速やかに | 人事の担当課、共済組合、市区町村 |
| 選挙の後 | 当選なら議員へ。落選なら次の進路へ | ── | ── |
誤解されやすい点
「休職して立候補できる」と思い込む
在職中は候補者になれず、届出の日に辞したものとみなされます(第89条、第90条)。休職の余地はありません。
「落選したら復職できる」と思い込む
戻れません。再び職員になるには採用の手続きが要ります。
「退職日を調整して届出をする」と思い込む
届出の日が退職日です。調整はできません。届出の前に段取りを済ませます。
「立候補による退職と失職は同じ」と思い込む
別の仕組みです。立候補による退職は本人の行為によるみなし退職で、失職は欠格事由による当然の失職です。退職手当の扱いも違います。
まとめ
- 公務員は在職中に公職の候補者になれず(公職選挙法第89条第1項)、立候補の届出をした日に辞したものとみなされます(第90条)。地方議員と常勤職員は兼ねられません(地方自治法第92条第2項)
- 普通の退職と違い、退職日は届出の日に固定され、落選しても戻れません。引継ぎ、休暇、各制度の切替えの段取りは届出の前に済ませます
- 退職手当は条例により、自己都合退職と同じ扱いになることが多いです。人事の担当課で確かめてください
- 失職(地方公務員法第28条第4項)は、拘禁刑以上の刑などの欠格事由による当然の失職で、立候補による退職とは別の仕組みです。選挙運動の違反で有罪になれば失職の対象になり得ます
- 在職中の準備は、地方公務員法第36条の政治的行為に当たらない範囲(政策の勉強、退職の段取り)に限られます
- 落選した場合の進路を先に考えることが、立候補の準備であり、転職の準備でもあります
よくある質問
立候補の届出をすると、その日に退職になるのですか。退職の申出は要りませんか
要りません。届出の日に、自動的に辞したものとみなされます。公職選挙法第90条は、「当該公務員の退職に関する法令の規定にかかわらず、その届出の日に当該公務員たることを辞したものとみなす」と定めています。退職の申出も、任命権者の承認も要らず、届出という本人の行為で退職が確定します。逆に言えば、退職日を選べません。告示日に届出をすれば告示日が退職日で、その日までに引継ぎと休暇の消化を済ませておく必要があります。実務上は、立候補の意思を事前に職場に伝え、届出の日までの引継ぎの計画を立て、退職手当や共済の手続きを人事の担当課と共済の担当に確かめておく形になります。届出の日に退職することを職場に伝えずに届出をすると、引継ぎができないまま職場を離れることになり、後任と住民に迷惑がかかります。第36条の政治的行為の制限があるので、職場に伝えるのは立候補の意思と退職の段取りに限り、支持を求める活動は退職後に行ってください。
落選した場合、元の自治体に再採用してもらえますか
自動的には戻れません。再び職員になるには、採用の手続き(競争試験または選考)を経る必要があります。第90条により届出の日に辞したものとみなされているので、落選しても職員の身分は回復しません。自治体によっては、経験者の採用試験や選考の枠があり、そこに応募して採用されれば再び職員になれますが、保証はなく、採用されても職歴や給与の扱いは新たな採用としての扱いです。立候補を考える方は、落選した場合の進路を、届出の前に決めておいてください。財政課の経験は、自治体向けの民間企業、シンクタンク、会計事務所などで値が付きます。転職の準備と同じように、自分の経験を業界の言葉で説明できるようにしておき、選挙の後に応募できる状態にしておく。それが、立候補を賭けではなく選択肢にする準備です。
立候補による退職の退職手当は、定年退職と同じですか
多くの自治体で、自己都合退職と同じ扱いです。定年退職と同じではありません。退職手当の額は、自治体の退職手当条例で、退職の事由(定年、勧奨、自己都合など)と勤続年数に応じた支給率で計算されます。立候補による退職は、本人の意思による退職なので、自己都合退職の支給率が適用されるのが一般的で、勤続年数によっては定年退職や勧奨退職の支給率より低くなります。自分の自治体の条例で、立候補による退職がどの事由に当たるかと、自分の勤続年数での見込額を、人事の担当課に照会してください。退職の意思を伝えなくても、制度の照会として聞けます。退職手当は届出の後に本人が請求する形になるので、請求の手続きと支給の時期も同時に確かめておくと、選挙の期間の資金計画が立ちます。退職手当の見込額の考え方は退職手当の基本額の計算に書いています。